2018年2月27日火曜日

バラエティ豊なピラウの種類〜主菜として愛される〜

チキンスープで炊いたお米の上にチキンを乗せたピラウ
ピラウの話にまた、戻ります。
先ず、少しだけ、その歴史をお話したいと思います。

ピラウのレシピは、オスマン時代、15世紀にアラビア語で書かれた料理本をŞirvani(シルヴァーニ)という人がトルコ語に訳した本の中に記載されています。アラビア料理の本だと思われていたのですが、訳す時にŞirvaniがトルコ料理のレシピを付け足してしまったのです。(Stefanos Yerasimos 'Sultan Sofraları〜15. ve 16. Yüzyılda Osman Saray Mutfağı') グリム童話のようです。

ムラット2世の時代、まだイスタンブルがコンスタンティノーブルとよばれ、東ローマ帝国の首都だった頃に書かれたこの作品には、アーモンドとチキン、そしてサフランと砂糖が入ったMuzafferiye pilavı(ムザフェリエ ピラウ)と、肉とひよこ豆、そして、スパイスを入れて作られたkabuni pilavı(カブニ ピラウ:羊肉を使い、クミンとシナモンで風味をつけたレシピを見つけました)のレシピが載っています。

お米は、当時高価なものだったので18世紀まで庶民の食卓には、あまり登場しませんでした。しかし、宮殿での宴などでは、ご馳走として登場していました。(村ではブルグル、都会ではお米と、最近まで言われてきていたのが、これから分かります)前回のブログでも、書きましたが当時ピラウは、スプーン、それも木のスプーンで食されていました。

そして、宮殿では、ピラウ専門の名人たちがいて、赤い帽子をかぶるか、紺のシャルヴァル(Şalvar:モンペのようなズボン)を履いていました。それだけ、ピラウには特別な思いがあったのだと思います。そのピラウの伝統が現在でも、トルコ料理の中に受け継がれています。(Yunus Emre Akkor 'Osmanlu Mutfağı〜Gelenekten Evrensel〜)

では、現在のピラウの話に戻りましょう。
美味しいピラウの形容には「このピラウは、ターネターネ(tane tane)で美味しい」という表現が使われます。taneは粒という意味があり、ここでは、一粒ずつがパラパラに仕上がっている、という意味の賛辞になります。

タンドールで焼いた羊肉を乗せた、トマトソース味のピラウ
日本で作った、イワシのピラウ。松の実とカラントが入り、オールスパイスやシナモンで風味付けします。
ピラウには、日本の炊き込み御飯のように、たくさんの種類があります。何も入っていないお米とバターだけで作るサーデ(sade:プレイン)から、トマト、茄子、ショート パスタなどが入っているものもあります。また、オールスパイスやシナモン、ハーブで風味をつけて、松の実やカラントと一緒に炒め、レバーの入ったものや、 ムール貝のピラフなど、実に様々なものがあります。
上の写真でお盆に乗っているのが、ムール貝のピラウです。ムール貝の殻に入っていて、レモンをぎゅっと絞っていただきます。道ばたで売られている場合もあり、立ったまま食べ、食べた個数の代金を支払います。


私の持っている『Osmanlı Mutfağı』 (Tuğrul Şavkay, Osmanlı Mutfağı)というレシピ本には、25種類のピラウの作り方が記載されています。その中で、お米意外のピラウは5種類だけでした。

この本にも、別の『Osmanlı Mutfağı』(Yunus Emre Akkor 'Osmanlu Mutfağı〜Gelenekten Evrensel〜)にも「Sütlü Pilavı」というピラウのレシピがあります。「牛乳のピラウ」です。

作り方は、牛乳でお米を炊くだけです。しかし、炊きあがったお米をつぶさないように混ぜるのがこつだそうです。そして、そのお米の上に、お砂糖とシナモンをかけていただくと書いてあります。ストラッチ(sütlaç)という名前のデザート、ライスプディングがありますが、デザートではないのに、牛乳で炊いて砂糖をかけて食べる…。この「牛乳のピラウ」は、ヨーグルト粥より衝撃的でした。

このように、バラエティ豊富なピラウですが、一番作るのが難しいと言われているのは、やはり何も入っていない、お米とバターだけでつくるプレインなサーデピラウ(sade pilav) です。何でも、シンプルなものは、かえって難しいのだと思います。

作り方には、2種類あり、一つ目は、最初にさっと洗ったお米をバターで炒めて、その上に水を入れて、炊くという方法です。二つ目は、塩水につけて おいたお米をザルでこしてから、炒めずにバターと水を加えて炊くという作り方です。私は、いつも最初の作り方をしていました。

アルパ シェフリエが入ったピラウ
私がトルコ在中に食べていた一般的なピラウというと、お米だけでなく、お米のような形をしたアルパ シェフリエ(arpa şehriye)か、素麺を短く切ったようなテル シェフリエ( tel şehriye)というパスタが入ります。先ずそれを炒め、茶色に色づいたら、米を加えて炒めてから、水を加え、塩胡椒で味付けして炊きます。

テル シェフリエが入ったピラウ
日本に戻ってからは、日本のお米を使って、この作り方をすると、芯が残ったりパラパラにならなかったりで、うまくいきませんでした。そこで、炒めてから炊飯器で炊くことを思いつきました。こうすると、失敗せずにパラパラの美味しいピラウが出来上がります。試してみてください。



作り方はさておき、トルコで、友人宅にお呼ばれした時など、ピラウと別のおかずを、同じお皿に盛っていいのか、別々のお皿に盛るのかと聞かれることがあります。各自それぞれに、好みがあるのでしょう。細やかな気遣いだと思います。



そして、「もうパンを食べなくていいから、ピラウを食べなさい」と、よく言われていました。関西地方に、お好み焼き定食や、焼きそば定食のような炭水化物+炭水化物の定食があるように、トルコでも、ピラウがあっても、必ずテーブルにパンはあります。

何度も書いていますが、ピラウはおかずで、主食はパンです。それなので、日本だと「お米を食べないと、お腹が一杯にならない」と、よく聞きますが、トルコの友人たちは「パンを食べないと、お腹が一杯にならない」と言います。ピラウでは、お腹に溜まらないのだそうです。所変われば…。

自分の食べたい料理を選んでお皿に盛ってもらいます。これにパンがつきます。
ドネルケバブもピラウの上に乗せてもらうことができます。この店では、その上下にラヴァッシュという薄いパンで挟まれて、出されました。やはり、パンは必ずつきます。

一番上に写っている細長いのも、釜から出たばかりでホカホカのパン。
私たちには究極の食べ方としか思えない、パンにピラウを挟んで食す、ピラウのサンドイッチとでもいうべき食べ方も、ごく稀に聞いたことがあります。

でも、どのように食べても、やっぱりピラウは美味しいです。そのため、つい食べ過ぎてしまうのが、要注意なのです。

2018年2月17日土曜日

大学の食堂でのランチー〜イェメックハネと呼ばれる食堂でのメニュー〜



トルコの大学で学会がありました。

トルコは20年ほど前まで、大学といえば、ほとんどが国立大学でした。しかし、現在は、私立大学がどんどんと設立されていま す。(2016年7月15日に起こったクーデター未遂の首謀者と言われている人の作った私立大学も、たくさんありましたが、閉鎖されたり国立大学の建物になりました。今回行った学会も、その私立大学の建物が国立大学の建物になっていた所でした。)

ということで今回は、トルコの国立大学のランチを、ご紹介したいと思います。
学生たちのランチは、「Yemekhane」(イェメックハネ:食堂)や、カンティン(kantin:カフェや喫茶室のような場所)などでとることができます。先生たちも同様、先生用のイェメックハネや、先生たち専用のレストランなどで、食べることができます。

イスタンブル大学の先生専用のレストラン
この先生専用のレストランでは、以前はアルコールもありましたが、昨年行った時には、残念ながら、ソフトドリンクのみに変わっていました。

この日のメニューは、トマトスープ、季節のサラダ、鱸のグリルと、アーモンドのデザートでした。
このように、ランチにも色々な場所があります。今回は、私が行った国立大学のイェメックハネと呼ばれている食堂についてご紹介します。

では、先生も学生も、このイェメックハネで、一体どんなランチを食べているのでしょうか。

日本の大学の食堂では、色々とメニューがありますが、イェメックハネでは、給食のように、日替わりのフィックスメニューのみです。他のメニューがないので「それは少なめに」だとか「いらないわ」と言えるぐらいです。

しかし、私立大学はどうかというと、先生用のイェメックハネでは、料理は陶器に入れられていました。そして、メインもいくつかある中から、選べていました。国立大学と私立大学では、食事の予算も違うのでしょう。 

話を元に戻しましょう。
先生たちは、先ず自分のカードを機会にかざして入ります。ランチ代が加算され、給料から引かれるシステムになっています。

写真をご覧になると分かるように、4品が入るようなプレートを持って並び、順番に入れてもらいます。 ここでは、パンはテーブルの上の籠に入っていて、食べ放題でした。

順番に並んで、入れてもらいます。
しっかりとプレートを前に出さないと、入れてもらう時に、こぼれてしまいます。
学食と教員食堂ではメニューや、品数が同じだったかどうかは、記憶が定かではありませんが、かつて食べた大学の学生食堂では、料理は4品ではなく3品でした。残った一つのところには、スライスされたパンを入れたのを覚えています。

学会初日のメニューは、ミートボールの煮込み、野菜のソテー、ヨーグルトにトゥルンバと言われている、チュロスに似たお菓子でした。小麦の生地を揚げたものに、甘い蜜がたっぷりかかっています。ヨーグルトは、もちろん無糖です。

二日目のメニューは、タルハナスープ、人参と紫キャベツのサラダ、無糖ヨーグルトに、チキンがのったブルグルピラフ(挽き割り小麦のピラフ)でした。これに、たいていのトルコの人は、パンも食べます。

最後の日のランチには、ヨーグルトスープ、炒めたミンチに落し卵のオーブン焼き、オレンジと、シェケルパーレと呼ばれるデザートでした。シェケルパーレは、クッキーに、これまたたっぷりと蜜を吸わせたものです。フニャフニャの柔らかい食感で、もちろんとても甘いです。

ミントの入ったヨーグルトスープには、お米ではなく麦が入っていました。さすが、麦がたくさんとれる中央アナトリア地方(アナトリア地方とは、トルコの90%以上を占めるアジアの部分のことです)の大学です。

この日は、昼食時間の最後の方に、食べに行ったので、メイン料理のミンチ卵がたくさん残っていたのでしょう、どっさりと盛ってくれました。それを見た、先に食べに来ていた人が、自分のは半分ぐらいだったと、ブツブツつぶやいていました。

料理が足りなくなったら、どんどん作る町の食堂ではないので、その日にどのぐらいの人が食べに来るか、検討をつけながら料理をよそうにも、熟練が必要だと思いました。

毎日美味しかったです。ご馳走さまでした。

2018年1月27日土曜日

お米料理といえばピラウ(ピラフ)〜オスマン時代の細密画にも描かれる〜

ひよこ豆入りのピラウ(ピラフ)
前回のお米の話の続きを書こうと思います。

トルコのお米は粘り気がないのですが、新米がバザールで売られ始めたと聞くと、日本人の友人たちはこぞって買いに走っていました。新米で小さな粒のお米だと、粘り気があり、日本で食べるご飯に近いものが炊けるからです。

スーパーで売られている普通のお米でも、炊きたては美味しいのですが、冷めるとやはりパサついていました。そのかわり、焼き飯には重宝していました。

トルコで、お米は様々な料理の材料として使われると、前回のブログで書きましたが、一番は、何といってもピラウ(pilav:ピラフ)でしょう。(ブルグルという挽き割り小麦で作られるピラウもありますが、ここではお米のピラウについて書きます。)

トルコ料理のピラウには、お米の粒が大きい程美味しくできると言われています。バルドー(baldo)という種類のお米が使われることが多いです。

トルコの友人は、働くようになったら、値段が高いこの大きな粒のお米が買えるようになり、美味しいピラウを作りたいと、学生の頃に思っていたらしいです。ピラフはトルコの人たちにとっても、いつも食べたい料理の一つなのです。

そのピラウは、決して 軽んじられる料理、脇役ではありません。れっきとした、メイン料理なのです。オスマン時代のお屋敷では、新しく料理人を雇う時には、ピラウも作らせてその腕前を見極めたそうです。

ピラウを食べている写真は『Osmanlu Mutfağı〜Gelenekten Evrensele〜』という本の226頁から引用しました。Yunus Emre Akkor 'Osmanlu Mutfağı〜Gelenekten Evrensele〜 

宮殿での宴席では、ピラウが食卓に登場している細密画からも、ピラウがご馳走であったことが分かります。

上の写真は、『İstanbul'un Lezzet Tarihi』という本の31頁からの引用です。(Artun ÜNSAL, 'İstanbul'un Lezzet Tarhihi') 細密画には「初期のオスマン時代の宮廷台所は、とても簡素であったが、しかし、16世紀以降は、オスマン帝国の富と強大さの一つの反映として、宮廷台所も多様性を示すようになった。1720年、スルタンンアフメット3世の皇子たちの割礼式の祝宴」と、記載されています。細密画に描かれている上のテーブルではデザートが、下のテーブルではピラウが食されています。

写真の細密画での上のテーブルでは、ピラウを食べています。この写真は『Türk Mütfağı』という本の108頁から引用しました。Arif Bilgin, Özge Samancı,'Türk Mütfağı' 
この細密画では「1720 (年)イマム(イスラム僧)とイスラムの説教者へ設けられた祝宴」と、説明されています。
また、富裕層のお屋敷の会食では、デザートの前に、お客人への最後の料理として、ピラウが出されるのが、昔のイスタンブルの伝統でした。(Artun ÜNSAL 'İstanbul'un Lezzet Tarihi

この話を読んで、トルコのことではありませんが、アゼルバイジャンの結婚披露宴に招かれて、行った時のことを思い出しました。食事の最後に、突然スモークが焚かれ、着飾った女性がホールに入り舞い始めました。そして、その後から、仰々し く箱が運ばれて来ました。その中に、サフランの入ったピラウが入っていて、客人たち一人一人にサーブされました。ピラウが最後に供される料理なのだと、驚いた記憶がよみがえり ました。

オスマン時代の細密画では、食卓にあるピラウは単品ですが、今日のトルコでは、細密画に描かれているような具の入っていないプレインなピラウは、別の料理と一緒に出されます。これは、食生活が豊かになったからなのか、ピラウへの思いが少なくなったからなのか、はたまた他の理由があるからなのでしょうか…。

2018年1月15日月曜日

お米の多彩な食べられ方〜スープからデザートまで

初春のお喜びを申し上げます。
2018年が皆様にとって実り多い年になりますようお祈りいたします。
今年も、少しずつでもブログの更新をしていきたいです。
どうぞ宜しくお願いいたします。

今年のお正月に、昔祝っていた母方祖父母の家でのお正月のことが、思い浮かびました。
床の間に置かれていた三方の鏡餅の下には、生米が敷かれ、干し柿と昆布なども乗っていました。お屠蘇を頂くまえに、先ず2,3粒のお米をとり、干し柿を少しむしり、それを薄いお昆布で巻き、口に入れて噛んだ時の味と、生米の食感を思い出しました。

そこから、ふと今年最初のテーマは「お米」にしようと思いました。

『Sultan Sofraları』 という本(Stefanos Yerasimos 'Sultan Sofraları〜15. ve 16. Yüzyılda Osman Saray Mutfağı')には、ビザンツ時代の三大栄養は「パン・ワイン・オリーブオイル」であったのに対して、オスマン時代には、「米・砂糖・脂」だったと記載されています。(脂には、羊のしっぽの脂や、多くはバターを使い、オリーブオイルはランプの油として使われていました)

スーパーでは、たくさんの種類のお米が売られています
トルコのお米は、タイ米のような長粒米ではなく、日本と同じ形をしています。でも、日本のお米ほど、粘りはありません。スーパーには、砕けたお米など、いろんな大きさのお米が売られています。そして、粒の大きさで値段が違います。もちろん値段が高いのは、大きな粒のものです。

トルコでドルマを作る時に使うお米
このお米がトルコでは、いろんな料理に使われます。日本でもおなじみのお粥は、オスマン時代のスルタンの朝ご飯にも、よく登場していました。そして、ピラフ、ドルマ、野菜料理、最後はデザートにまでと、実に多様な料理の材料になります。

お粥について、独り暮らしでトルコに住んでいた時に、こんなことがありました。
風邪をひき具合が悪く、珍しく食欲がなかったのですが、白粥を炊き、おかずには、冷凍庫にあった白身の魚を煮魚にしました。

そこに、同じアパートで親しくしているご近所さんが、私の様子を見にやってきてくれました。ドアを開けたとたん、魚の匂い(臭い?)がしたのでしょう。顔をしかめ、「え〜?! 魚?! 病気の時に、魚なんか食べちゃダメダメ!今、私が持って来てあげるから」と、言い、帰ってしまいました。そして、すぐに「これを食べなさい」と、ヨーグルトのお粥を作って、持ってきてくれました。

別のトルコ人の友人は、このヨーグルト粥が大好きで、子供の頃には食べたくなると、病気の振りをしていたと、以前話していました。ヨーグルトスープにもお米が入っているように、トルコではお米とヨーグルトの組み合わせは、いたって普通です。病気で胃腸が弱っているときには、消化がよく栄養価の高いヨーグルト粥が食べられているのでしょう。

でも、せっかく親切に持って来てくれたのですが、私は、このヨーグルト粥が好きではありません。ご近所さんの気持ちは、有り難いとは思ったのですが、少ししか口をつけられませんでした。

その時、それぞれの国には、それぞれの食文化があり、小さい頃から慣れ親しんだ味があることを、強く感じました。そして、相手の国の文化や習慣と、自分たちのものが違っていたとしても、拒否するのではなく、自分たちとは違うものもあるのだと、受け入れることも大切だと、改めてしみじみと思ったのでした。

では、今回はこのへんで。

2017年12月26日火曜日

イスタンブルから〜トルコの地方料理を食べる・地中海地方のハタイ料理


今回は、イスタンブルにあるハタイ料理店の料理をご紹介したいと思います。

ハタイは、トルコの地中海地方の南東にあります。西部が地中海に面しており、南東部はシリアに接しています。



ハタイの歴史は複雑で、シリア領と考えられていた時代を含め、フランス領シリア時代を経て1939年に現在のトルコの一県になりました。

ピンクで塗られた地域が地中海地方

地中海地方は、その名の通り、地中海に面した地域です。その気候は、地中海性気候で、全体として温暖で穏やかだと知られています。そして、乾燥気味で夏には雨が少なく、その反対に冬には相対的に雨量が多く、やや湿っています。

しかし、地中海地方と一言で言っても、一概にすべてが同じではありません。日本の都道府県を見ても、例えば近畿地方にある京都府の南部と日本海に面した北部では、気候が違うのと同じように、地中海地方にも違いがあります。

私が知っている地中海地方東部にあるメルシンやアダナ(どちらもハタイの近くです)などは、日本の夏のように湿気が多くとても暑いです。そのため、夏になると高原にある避暑地で過ごす家族が多くいます。夏になると涼しい所に移動するというのは、かつてのトルコ民族の遊牧民生活の面影が残っているからでしょうか。

ピンクの右端の濃いブルーで塗られた地域が南東アナトリア地方

ハタイは、地中海地方にありますが、すぐ側には南東アナトリア地方(南東アナトリア地方については、前回のブログをご覧ください。https://torukomeshi.blogspot.jp/2017/12/blog-post_17.html)とシリアがあり、そのため、料理にも地中海地方の料理と南東アナトリア地方、そしてアラブ料理が混ざりあった独特のスタイルで、その美味しさは、トルコ国内でもよく知られています。

では、地中海地方の料理とはどんなものでしょうか。

一般的な地中海地方料理といえば、果物や野菜料理が多く、その反対に肉料理は比較的少ないのが特徴です。そして、地中海沿岸部では魚介類の料理も多く見られます。また、エーゲ海地方同様に、オリーブオイルが使われます。しかし、気候と同様に料理にも、その土地によりそれぞれ特徴はあります。

ハタイの食材には、当時のイスタンブルでは、なかなか手に入らなかったサツマイモや、日本で売られているような硬い柿(一般的にスーパーで見かけるトルコの柿は、どうやら渋柿の熟されたものが売られているようです)など、独特のものがあります。ハタイに行った友人からは、よくサツマイモや柿のお土産をいただいていました。

さて、では、今回のイスタンブル滞在中に行ったハタイ料理レストランの話をしましょう。

このレストランにも、やはり地中海料理以外にもフィリキ・ピラヴ(Firik Pilavı:Firikという小麦がまだ若い時期に収穫され乾燥したものを使って作るピラフ)など、南東アナトリア料理も見られました。地中海料理と南東アナトリア料理が混ざり、どちらの美味しい料理もいただけるお店でした。

前菜の盛り合わせ
グリーンオリーブのサラダ
先ず注文したのは、前菜の盛り合わせとオリーブのサラダ。 ハタイの小さいグリーンオリーブは一つ一つ割られていて、塩漬けにされています。あっさりした中にも旨味が多く、際限なく口に入れてしまいます。

前菜の盛り合わせは、もう少し大きなお皿に盛ってほしかったです。せっかくのそれぞれの味が、混ざってしまいました。

イチリキョフテ(içli köfte:挽き割り小麦で作った皮の中にスパイシーなミンチが入っていて、茹でたり揚げたりします)は、茹でたものの方が私は好きです。上の写真のように楕円形のものもありますし、円形にするものもあります。

このイチリキョフテを作る時には、(説明が難しいですが)丸めた皮の生地の中に指を入れ、少しずつ中を広げて空洞にし、その中に具を入れます。皮が薄ければ薄い方が美味しいとされています。揚げたり、茹でている間に皮が割れてしまわないようにするために、作るのが難しいと言われてる料理です。ハタイでは、このイチリキョフテをオルク(oruk)と呼ぶようです。

これが、フィリキ・ピラヴです。
よく見ると、小麦の粒がみえています。新食感で思った程、しつこくなくて美味しかったです。

ケブセ・ピラヴル・タンドール(Kebse Pilavlı Tandır)という料理です。タンドールで焼いた羊肉が乗っています。ハタイでは、Kepse pilavıと呼ばれているようです。

デザートは、もちろんキュネフェ(Künefe)です。フランス料理の揚げ物の衣にも使われている、カダイフという小麦で作られて、素麺を乾燥させたようなものを使います。その間に、塩気のないチーズが入っていて、バターをたっぷりかけて焼きます。焼き上がると、その上から、今度は甘いシロップをジャブジャブとかけます。

私はいつも、シロップは少なめにしてくださいとお願いします。しかし、今回、別の場所で食べたキュネフェには、シロップが別の容器に入って出されてきました。初めて別にシロップがついてきたキュネフェを見ました。だんだん、トルコの人の中にもシロップは、少なめに…という人が増えてきたからでしょうか。

それでも、バターとチーズ、そしてお砂糖一杯のキュネフェは、ダイエットの天敵です。ダイエットなど考えたら食べられません。
さて、これだけいただくとさすがに、お腹が一杯になりました。最後は、やはりチャイか、トルココーヒーをいただき、しめにします。

2017年12月22日金曜日

イスタンブルから〜トルコの地方料理を食べる・南東アナトリア地方料理のケバプ


トルコ料理が話題にあがると、よく「トルコ料理って、シシケバブでしょ。え?シシカバブだっけ?」と聞かれることがあります。トルコ語ではケバプ(kebap)と言い、「焼き肉、焼き物」という意味で、アラビア語が語源です。ケバプという言葉の前にシシや他の言葉がつくとケバブ(kebabı)と変わるのは、トルコ語の文法上のことなので、これはまた別の機会があれば、お話します。

ケバプは、トルコでは、南東アナトリア地方が 有名です。
右下の紺色に塗られている地域が南東アナトリア地方です。

南東アナトリア地方は、シリアのすぐ上にあり、乾燥したステップ気候が特徴です。

そして、料理は、アラブの国に近いため、ケバプ(kebap)のようなアラブ料理の要素がふんだんに取り入れられています。その他、ラフマージュン (lahmacun:ピデより薄い生地の上にミンチなどを乗せて焼いたもの)、チーキョフテ(çiğ köfte:赤身の生肉のミンチとブルグルやスパイスなどを練り合わせて作る料理)などでも有名で、主に羊をメインにした食肉中心の食文化です。

一般的に、南東アナトリア料理は、スパイスがたっぷり入っており、オイリーです。エーゲ海地方や、地中海地方で好まれ、よく使われているあっさりしたオリーブオイルより、動物性の脂が使われます。また、この地方料理の特徴の一つは、ドライフルーツが使われることです。これは、一般的なトルコ料理には、あまり見られない特徴です。

また、この南東アナトリア料理には、辛い、酸っぱい、そして甘いという三つの味が好んで使われます。酸っぱい味には、特にザクロ酢がよく使われています。イタリアのバルサミコに似た色と味わいです。そして、 甘い味といえば、何といっても甘いシロップがたっぷりかかったお菓子のバクラヴァやキュネフェなどがあげられます。( Arif Bilgin, Özge Samancı,'Türk Mütfağı'

ということで、今回は、南東アナトリア地方が有名なケバプ料理のお店に行ったことを書こうと思います。

前菜やサラダなど
先ず、冷たい前菜や、イタリアンパセリ、ルッコラーなどが運ばれてきます。ここから好きなものを選びます。お店によって、前菜の数や種類はいろいろあります。

選んだ前菜


選んだ前菜は、茄子のサラダ、クルミとザクロ酢がたっぷり入ったサラダ、茄子やパプリカなどの野菜を揚げてトマトソースで和えたもの。


そして、イタリアンパセリとルッコラーと、白チーズ。このように、緑の葉ものにレモンを絞り、むしゃむしゃと食べます。

最初に前菜と一緒に出てくる焼きたてのパンは、ピタパンのように中が空洞になっています。


このパンは、お変わり自由で、その都度焼きたてが出されます。美味しいからといって、食べ過ぎると、その後のメインが食べられなくなるので要注意です。

メインのケバブには、アダナケバブとシシケバブを注文しました。
アダナケバブは、日本のつくねのように、羊のミンチ肉に辛みを加えこねてから串につけ、焼いたものです。地中海地方の東端で、南東アナトリア地方の隣にあるアダナという地方の有名な、辛いケバブです。南東アナトリアのケバブではありませんが、ケバブというとアダナケバブは必須です。

トルコに旅行に来たヨーロッパの人が、このアダナケバブをたいそう気に入り、一度に5人前も頼んで食べたと聞いたことがあります。本当でしょうか。


メインのケバプと一緒に、ラヴァッシュというパンがついてきます。小麦のトルティーヤのようですが、トルティーヤより弾力があると思います。

このラヴァッシュにお肉や、最初に頼んたイタリアンパセリなどの葉ものを一緒に巻いて食べると美味しいです。
果物はサービスで出てきます。
ケバブ屋さんでは、食事の後に季節の果物がサービスされることが多いです。

デザートには、小麦粉で作られたお素麺のようなものを焼いて、その上に甘いシロップがたっぷりかかったカダイフとアイスクリームを注文しました。

トルコアイスというのをご存知の方もいらっしゃると思います。私たちが知っている、アイスクリームと違い、サクズ(sakız)というガムを作る時に使う樹液が入っているため、粘りが強く、ナイフで切らないと食べられません。



このように、ナイフで切っても落ちません。そのぐらい粘りが強いです。そして、トルコのアイスクリームには、卵が入っていないので、私たちの知っているバニラアイスではなく、白いアイスクリームはミルクの味です。


甘いカダイフにミルク味のアイスクリームを塗って(ソースになるようにうまく溶けてくれません)食べると、これまた美味しいのです。

トルコに来る前には、食事の後にデザートを食べるという習慣はありませんでしたが、トルコ料理をがっつりいただくと、最後にデザートを食べないと食事が終った気持ちになりません。この自分の変化が面白いです。

一番最後には、好みの味のトルココーヒーでしめになります。私はいつも、サーデ(お砂糖が入っていない)を頼み、口の中の甘さを流しすっきりさせて終わりにします。
あ〜美味しかったです!

2017年12月1日金曜日

イスタンブルから〜トルコの地方料理を食べる・黒海のピデ




黒海は、ピデでも有名です。ピザのように生地を伸ばして具を乗せ、かまどで焼いたものです。

イスタンブルにいて、よく耳にしていたのは「トラブゾン・ピデ」でした。黒海のトラブゾンという街の名前がついたピデです。

しかし、同じ黒海地方のピデでも、地方によって生地が柔らかかったり、薄かったり厚かったり、ピデの具を乗せてから上に生地を被せて焼いたり、形も舟形から円形までと、作り方も形も様々です。

トルコの田舎ではよく見られる風景ですが、パン釜がある家では自家製のパンを焼いています。黒海地方でも例外ではなく、朝から火をおこし、先ず最初にピデを焼き、その後、火が落ち着いてから、パンを入れて釜のドアを閉めて焼いていました。最後に火が弱まってから、乾パンを作るために、焼いたパンをスライスして、再度、釜に入れ、ドアを閉めて次の日まで置いておきます。

焼きたてのピデは、ご近所さんたちに配られるのが習わしでした。こうして、村では自分の家で頻繁に釜に火をいれなくても、ご近所さんたちが持って来てくれた熱々のピデを食べることができたのでした。(Mustafa DUMAN 'Trabzon-Maçka'da, 1950-1960 Yıllaır Arasındaki Geleneksel Mutfak Kültürü', M Sabri Koz ' Yemak Kitabı I Tarih-Halkbilimi-Edebiyat') 

自分の家に釜がなくとも、ご近所の釜に火が入るときは、ピデのやパンの生地を持参すれば、釜を使わせてもらえるのです。この習わしは、町のパン屋にも受け継がれていて、街角のパン屋さんに自家製のピデの具をもっていけば、お店のピデ生地にその具を乗せてお店の釜に入れて焼いてくれました。料金は、ピデの生地代だけでした。これ以外にも、練り胡麻(タヒン)とお砂糖を持参すれば、お店のパン生地にそれを練り込んでくれて、デニッシュに似たぐるぐる巻き様のパンを焼いてくれるパン屋さんもありました。できたてのパンとお店の職人たちの優しさが伝わってきて、本当に美味しかったです。

今回のイスタンブル滞在では、友達が、私にどうしても食べさせたいピデ屋さんがあると連れて行ってくれました。しかし、彼女のお気に入りの黒海出身の職人さんがいなければ、行っても仕方がないと言うので、その職人さんがいるのを確認してから行きました。

上の写真に大きく写っているのが、私が食べたピデです。その場で焼きたてが頂けます。具にも種類があり、チーズ、ミンチ肉、卵とバターなどが選べます。チーズのピデは、その地方のチーズが使われるため、味にも変化があると聞きました。私は、ミンチ肉のピデに卵を入れてもらいました。もちろん黄身は、トロッとさせてくださいとの細かな注文にも気さくに応じてくれます。

大きいですが、生地が薄いのでペロリと一枚たいらげてしまいます。以前、別の場所で食べた同じ黒海地方の丸い形のピデは、もっと生地が厚かったですが、ここのピデは薄皮でお腹にももたれませんでした。 もう半分ぐらい食べられたように思います。

その作り方を動画でご覧ください。





トルコにいると、何を食べても美味しいので毎回食べ過ぎて「あ〜お腹いっぱい!」と思わず言葉がもれてしまいます。