井藤聖子のトルコ食文化を楽しむ〜オスマン宮廷料理から現代の家庭料理まで〜
600年以上続いたオスマン帝国の宮廷料理から現代のトルコ家庭料理まで幅広くお届けしたいと思います。
2026年7月31日金曜日
美味しい夏野菜で第6回トルコ料理の夕べ
2025年12月27日土曜日
イスタンブルのお勧めシーフードレストラン フェネル ロカンタス(Fener Lokantası)
今年の9月にトルコへ行った際、トプカプ宮殿博物館学芸員の友人Ö さんと久しぶりに会うことができ、滞在最後の日は、とても素敵なサプライズになった。
| イェシルキョイ灯台の下にあるFenerレストラン |
Öさんの旧来の友人であるSさんが、お勧めのイスタンブルyeşilköy(イェシルキョイ)にある灯台下の素敵なシーフードレストランに連れて行ってくれた。レストランは海岸のすぐそばにあるので、ぜひ夏のお昼にも、もう一度尋ねてみたい。きっと景色が素晴らしいと思う。
上の写真に写っている灯台は、 旧称をアヤステファノス灯台と言い、マルマラ海からボスポラス海峡に入る船舶に道案内をし、イスタンブルの海上交通の安全を確保するため、スルタンアブドゥルメジドの要請により、イェシルキョイ岬に1856年にフランスの技術者によって石造りの塔として建設された。現在はイェシルキョイ灯台と呼ばれている。
レストランの中には、灯台博物館があるので、展示物を見ても楽しめる。せっかくなのでテーブルにつく前に見学させてもらった。
他にも特別な会議やファミリーの慶次ごとにも使える個別対応のサロンがある。自前の釜があり、魚料理には欠かせないコーンブレッドが焼き立てて提供される。このレストランのコンセプトは自家製のオーガニック野菜を提供すること。レストランの敷地内にある畑で野菜、そして、葡萄や無花果などの果物も栽培されている。オリーブやオリーブオイルにおいては、エーゲ海にあるジュンダ島の自社栽培のオリーブだそう。香りがよく、とても美味しいオリーブオイルだった。コーンブレッドにつけていただいたが、メインディッシュの前に、食べすぎてしまった。
料理は、このレストランをよく知っているSさんのお勧め料理をいただくことにした。まずはスズキのクリームスープ。レモンを絞ると、クリーミーな中に酸味が効いてとても美味しかった。シーフードサラダとアンコウのソテー。アンコウはトルコ語でFener balığı(フェネル バルー)。訳すと「灯台魚」になる。運んできてくれたスタッフは、Çirkin balık(ブサイクな魚)だけれど、とても美味しいと言い、サーヴしてくれた。Sさんは、Fenerレストランに来たから、Fener balığıを選んだ訳ではないだろうが…。
トルコではある種の魚を選ぶと、お好みの料理法で調理してくれる。アンコウはソテーにするのが、Sさんのお勧めだった。肉料理もそうだけれど、ソテーは写真のように浅い中華鍋のようなもので、多分そうだと思うが、調理してそのまま出てくる。かなりの油があり、油(脂)ものを気にしているÖさんには、Sさんがアンコウ自身の油だから大丈夫だと話していた。油はあん肝からかと思ったけれど、トルコであん肝を使うなんて、ちょっと考えられない。一見油っぽかったけれど、しつこさは感じられず美味しくいただいた。
かなりの量でお腹がいっぱいになった。しかし、これで終わりではなかった。
2枚に合わさったイワシの網焼きが出てきた。これがフワフワで口当たりがよく、お腹がいっぱいだと言っておきながら、ペロリと食べてしまった。網焼きの魚には、必ずルッコラーと生の玉ねぎがついてくるのもトルコ式。ルッコラーの苦味と玉ねぎのピリッとした刺激が魚の油によく合う。2025年10月22日水曜日
これ、な〜んだ?
トルコ語でHünnap(ヒュンナップ)と言う果物です。
緑と茶色のものが写っていますが、熟れてくると茶色になります。熟れるといっても、実が柔らかくなるのではなく、甘さが増します。噛むとカリッという音がして、ジューシーではない(かといってパサパサでもありません)リンゴのような食感です。ほのかに甘く、美味しいです。
さてこのへんで、種明かしをしましょう。これは「夏芽(ナツメ)」です。よく、デーツと言われるナツメヤシと間違えられますが、全くの別物です。 最初、私も混同してしていました。
日本語で「夏芽」という名前が付いたのは、夏に芽が出るからだという説があります。自宅近くの高級なデリカテッセンにドライナツメが売られていて、そのキャッチフレーズに「楊貴妃も好んで食べた」と書いてありました。 ナツメを食べると美人になれるのでしょうか。
写真のナツメも、トルコの友人宅の庭に木があり、たくさんなっていました。中国のナツメとは違い丸い形です。
| 友人宅の庭にあるナツメの木 |
| たわわになっているナツメの実 |
ナツメは、韓国料理の参鶏湯のチキンの中にも入っているように、薬膳としても使われます。そしてまた、漢方薬にも使われています。漢方では「大棗(たいそう)」と呼ばれ、葛根湯を初め、さまざまな漢方薬の処方に含まれ、胃腸を整えたり、精神を安定させたりする効果が期待される果実だそうです。こんなにすごい効果があるのなら、17年のトルコ滞在中にもっと食べておけばよかったと後悔しました。
今回帰国してからも食べたくなりましたが、生のナツメはみたことがありません。どこかで売られていないか探すと、ネットで長野産が買えることが分かりました。日本で、このナツメが食べられる!と喜んだ私に、あることがよぎりました。
北信の山小屋に行くたびに、農家さんの野菜直売所に行きます。珍しい野菜や、関西では買えないような新鮮な野菜が売られています。 実は、数年前に、その店で偶然にある農家さんのHさんと知り合い、それから毎年夏になると、とても新鮮な野菜を直接買いに行き、トルコ料理を作るのが最大の楽しみになりました。
そこで、そうだ、Hさんに聞いてみようと思い、連絡したところ「直売所で昨日見たよ。送ってもらえるかも」と返事がありました。 大喜びし、すぐに電話をしましたが「直接買いに来て、ご自身で送ってもらいます」と言われました。「関西からなので無理です…」としょぼくれた返事をしたら、先方も大層気の毒がってくれましたが、やっぱりできないとのことでした。
Hさんに、ダメだったことを知らせると、何と「じゃ、買って送ってあげる」と言ってくレました。嬉しいー!! こんなに嬉しいことはありません。日本で初めて、貴重なナツメが食べられる!!
Hさんは、早速買いに行き送ってくれ、次の日に着きました。
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| Hさんが送ってくれたなつめ |
楊貴妃のようになれるかしら…。
2025年10月17日金曜日
2025年トルコでたくさん食べた無花果
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| トルコで食べた無花果 |
ところが、無花果は別だった。今回滞在していた友人宅とご近所さん宅の両方に無花果の木があり、バケツいっぱいの収穫になった。日本では、無花果をお腹がいっぱいになるまで食べようと思うと、とても高額になるのに、友人のおかげで初めてお腹がいっぱいになるぐらい食べた。
無花果といえば、日本では、トルコ産のドライフィグ(無花果)が売られているのをよく目にする。Doç.Dr.Nurten Günalの「Türkiye'de incir kültürü(トルコ における無花果の文化)」という論文では、無花果はトルコ全土で生産されているが、圧倒的にエーゲ海地方と地中海地方で採れ、葡萄に次いで多くドライフルーツにされているとの記載がある。やはりよく採れるのだろう。https://dergipark.org.tr/tr/download/article-file/198685
論文になるほどの無花果熱が気になり、少し調べてみると、無花果は食用としてだけではなく、文化や宗教にも根付いている奥の深い果物として、トルコでは位置づけられている。
それが分かったのは「İncir Tarihçsi(無花果の歴史)」というタイトルの記事に、こう書かれていたからだ。「無花果の木とその果実は、キリスト教やユダヤ教など、主要な宗教で象徴として用いられ、頻繁に言及される。コーランの第95章は「イチジク」と名付けられ、その中1-4節では、「イチジクとオリーブにかけて、シナイ山にかけて、この安全な国(マッカの地)にかけて、確かにわれらは人間を最も美しい姿に創った」と記されている。 (第95章の日本語訳は『日亜対訳クルアーン』田中孝監修、2020年9月より)この聖なる木の果実は、人間の健康にも奇跡的な効果がある。そのため、古代アナトリアとエーゲ海のすべての文明に存在する無花果は、何世代にもわたって豊穣と繁栄の象徴となってきた。」(İncir Tarihçesi, Buharkent Kaymakanlığı, http://www.buharkent.gov.tr/incir-tarihcesi)
なるほど奥の深さが伝わってくる。
さて、実物の無花果に話を戻すと、トルコの無花果は皮が緑っぽいのと濃い紫のが売られている。日本で見かけるドライフィグは、緑っぽい皮の方が使われる。どちらも生食できるが、紫の方が皮が薄くて、中身の赤色が濃く皮ごと食べても違和感がない。
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| 友人宅で山ほど採れた無花果 |
2025年10月9日木曜日
亡くなった人への祈りを促すスイーツスタンド Hayır Lokuması(ハユル・ロクマス)
| 亡くなった人への祈りを促すスイーツスタンド ハユル・ロクマス(Hayır Lokuması) |
会ってもすぐには言葉が出ず、ただギュッと強くハグした。私が何を言いたかったのか、彼女には伝わったと思う。来てよかった。
数日後その場所から、私たちはあることのため車で、地中海の町フィニケへと移動することになった。その途中、休憩したくて小さいけれど有名なリゾート地のカシュに寄り、カフェでコーヒーを飲んでいた。
| 地中海の町カシュ |
| カフェのザクロの木 |
そこに突然、二人の男女が台を出して何か作業し始めた。(下の動画参照)どうやらLokuma(ロクマ)という、揚げ菓子を作るようだ。とても軽い生地を揚げてシロップにサッと浸け提供する。口の中に入れても、まだ表面はカリッとしていてシロップにもどっぷり浸かっていないので、油であげているけれど、軽い口当たりのお菓子だ。好みでシナモンを振りかける。丸いのや、ドーナツ型のものもある。
ハユル・ロクマス(Hayır Lokuması)について簡単に説明すると、この揚げ菓子は、 宗教的な祝日、結婚式、葬儀、メヴリット(イスラム教の儀式)などの特別な日に、慈善と功徳を得る目的で配られる。この伝統はオスマン帝国時代から現代に至るまでの礼儀であり、配る側と受け取る側の双方に精神的な安らぎと社会的連帯をもたらすと言われる。願いが叶ったときや、子供が産まれた時、披露宴や、割礼式どの慶次にも配られるが、多くの場合、弔事に配られる。
故人の魂のために配られるロクマは、その魂が安らかに眠り、功徳が増すために行われる。そして、ロクマを食べる人々の祈りは、亡くなった人の魂に功徳をもたらすと言われている。大切な身内を亡くした家族は、業者に注文し(あるホームページには750人前から5200人前までの注文票が記載されていた)ハユル・ロクマスを道行く人に配ってもらう。
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| 以前にも偶然通りかかった時にいただいたHayır Lokuması |
ここにも悲しみを抱えた人がいる。私たちも祈りを捧げてから一皿いただき、目的地へ向かった。祈りが故人に届きますように。
2025年10月6日月曜日
イスタンブル観光の続き1日とトルコの新しいケーキブーム
| はりきって行ったのに入れなかったカーリエ博物館 |
せっかく行ったカーリエの後、軍事博物館でメフタール(軍学隊)を聴きに行く前に、時間が出来たので、私がトルコ在住時よりずっと行きたかったフェネル、バラット地区を散策することにした。
カーリエから金角湾に向かって坂道を歩いて降りた。目的地は世界に3億人の正教徒を有する宗教的権威として認められるイスタンブル総主教庁(聖ゲオルギオス大聖堂)。ロシアとウクライナの戦争が始まってから、ここでウクライナ正教会がロシア正教会からの独立を認める署名がされた。それに反対するロシア正教会はイスタンブル総主教庁と断絶することになる。
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| イスタンブル総主教庁(聖ゲオルギオス大聖堂) |
| 教会内部 |
この地区の家の外装がカラフルで、おしゃれなカフェやお土産物屋などもあり、すっかり観光地化していた。
その後、タクシムのイスティクラル通りを歩いて上がり、疲れたのでスイーツカフェで休憩。私はやっぱりカザンディビ(オスマン帝国時代にも作られていた「鍋底」という名前の牛乳のお菓子。もっちりとしたテクスチャで、中に裂いた鳥の胸肉が入っているが、鳥の味はしない。表面をキャラメル状に焦がしている私の好きなお菓子)を選び、友人はカラメル味のムハレビ(これも牛乳のお菓子。米粉と牛乳で作るもっちりした硬めのミルクプリンのよう)を注文。甥っ子は無難にレアチーズケーキを選択する。
| カラメル味のムハレビ |
| 甥っ子1のチーズケーキとレモネード |
ここで、少しトルコの新い味をご紹介。以前、トルコでチーズケーキといえば日本でのレアチーズケーキが売られていた。ところが今回San Sebastian(サン・セバスティアン)という名前のチーズケーキがあると聞いた。 なんだろうそれ?と思っていたら、日本ではバスク・チーズケーキと呼ばれているベイクドチーズケーキのことだった。トルコのvikipediで調べると「スペインのバスク地方の街サン・セバスティアンにあるLa Vinaと言う名前の小さなお菓子屋さんで1990年代に作られた」そう。(https://tr.wikipedia.org/wiki/San_Sebastian_Cheesecake) それが現在のトルコでブームになっているらしい。知人は「このケーキが一番好き」と言っていた。スペインの現地では単にチーズケーキと呼ばれているものが、日本では「バスクチーズケーキ」になり、トルコでは「サン・セバスティアン」と呼び名が異なる。両国が各々の命名を選んだ理由は何なのか、気になるところだ。
さて、話を観光に戻して、最後の新市街にある軍事博物館へ。外に当時の大砲や戦闘機がそのまま残っているので、甥っ子1は興味津々。ところが、ここでもびっくり。以前は、博物館入館料に軍学隊の演奏も入っていたのに、別料金になっている。ここも高くなってる。でも、地下宮殿では学生でもトルコ人じゃないと割引ではなかったけれど、軍事博物館では学生証を写真で見せただけで、割引になると言う。甥っ子1はすぐに、日本の母親に学生証を写メで送ってもらい、オッケーがでた。軍学隊の演奏が無料になった。
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| やっぱりトルコ民族がどう移動して行ったかから始まる |
今まで何度も軍楽隊の演奏を聴きに行ったが、初めて舞台の後ろの壁が全面開き、庭から軍楽隊が行進しながら入ってきた。とても素晴らしかった。軍学隊が別料金になったせいか、演奏終了後、一緒に写真が撮れる写真タイムが5分設けられていた。それぐらいはしてもらわないとね。
| 写真タイム |
というわけで、もっとたくさんの見所があるイスタンブルなのだが、甥っ子1の2日半の観光は今回これで終了。続きは次回にぜひ…。
2025年10月5日日曜日
イスタンブル観光1.5日
| 地下宮殿 |
甥っ子1はイスタンブルに2日半だけ滞在した。最初の1日半のイスタンブル観光に、やはり旧市街のスルタンアフメット地区は外せない。
まずグランドバザールからエジプシャンパザールへと続くお決まりの道を歩く。軒並みいろんな店が連なっているが、甥っ子1は買い物に興味がない。
次の日の最初は地下宮殿。チケットを買う列は長かったが、並んで売り場に到着すると外国人は1500TL。日本円で約5400円。目を剥いた。トルコ人は350TL。学生でも、トルコ人じゃないと割引なし。高い! 以前と全然違う料金体系になっている。
| メドゥーサ |
| メドゥーサ |
地下宮殿は、現存する東ローマ帝国の貯水池としては最大のもので、ビザンチン帝国のユスティニアヌス1世によって建設された約8万立方mの水を貯められたとされる巨大な貯水施設。中には336本もの大理石の柱が並んでいて、柱の土台にされた逆さや横向きのメドゥーサが有名だ。
| 1本にだけ模様のついた嘆きの柱 |
次に行こうとしたアヤソフィアは、25ユーロで約4300円、しかもチケット売り場には長蛇の列。イスラム教徒で礼拝のために入るのなら無料。友人は礼拝もしないのに自分だけ、ちょっと見てくると入ってしまった。ずるい!
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| 友人が入って撮った写真。ビザンチン時代の教会がオスマン帝国時代にモスクにされ共和国後には博物館になり世界遺産に登録されるが、それがまたモスクにされてしまった。 |
最後に、ボスポラス海峡のショートクルーズに出かけた。黒海まで行くと往復6時間もかかるため 2時間の短いコースにした。ドルマバフチェ宮殿、乙女の塔や、ルメリヒサル(ボスポラス海峡の最狭部のヨーロッパ側に位置したメフメット2世がわずか4か月ほどで建造し、東ローマ帝国の首都コンスタンチノープルの陥落の足がかりとした要塞)ベイレルベイ宮殿などを眺めた。
ボスポラス海峡のクルーズ船を待つ間。ガラタ橋の向こうに見えるのが新市街にあるガラタ塔
| 右側がヨーロッパ大陸の旧市街にあるトプカプ宮殿、左側はアジアサイド |


















