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トルコで食べた無花果 |
ところが、無花果は別だった。今回滞在していた友人宅とご近所さん宅の両方に無花果の木があり、バケツいっぱいの収穫になった。日本では、無花果をお腹がいっぱいになるまで食べようと思うと、とても高額になるのに、友人のおかげで初めてお腹がいっぱいになるぐらい食べた。
無花果といえば、日本では、トルコ産のドライフィグ(無花果)が売られているのをよく目にする。Doç.Dr.Nurten Günalの「Türkiye'de incir kültürü(トルコ における無花果の文化)」という論文では、無花果はトルコ全土で生産されているが、圧倒的にエーゲ海地方と地中海地方で採れ、葡萄に次いで多くドライフルーツにされているとの記載がある。やはりよく採れるのだろう。https://dergipark.org.tr/tr/download/article-file/198685
論文になるほどの無花果熱が気になり、少し調べてみると、無花果は食用としてだけではなく、文化や宗教にも根付いている奥の深い果物として、トルコでは位置づけられている。
それが分かったのは「İncir Tarihçsi(無花果の歴史)」というタイトルの記事に、こう書かれていたからだ。「無花果の木とその果実は、キリスト教やユダヤ教など、主要な宗教で象徴として用いられ、頻繁に言及される。コーランの第95章は「イチジク」と名付けられ、その中1-4節では、「イチジクとオリーブにかけて、シナイ山にかけて、この安全な国(マッカの地)にかけて、確かにわれらは人間を最も美しい姿に創った」と記されている。 (第95章の日本語訳は『日亜対訳クルアーン』田中孝監修、2020年9月より)この聖なる木の果実は、人間の健康にも奇跡的な効果がある。そのため、古代アナトリアとエーゲ海のすべての文明に存在する無花果は、何世代にもわたって豊穣と繁栄の象徴となってきた。」(İncir Tarihçesi, Buharkent Kaymakanlığı, http://www.buharkent.gov.tr/incir-tarihcesi)
なるほど奥の深さが伝わってくる。
さて、実物の無花果に話を戻すと、トルコの無花果は皮が緑っぽいのと濃い紫のが売られている。日本で見かけるドライフィグは、緑っぽい皮の方が使われる。どちらも生食できるが、紫の方が皮が薄くて、中身の赤色が濃く皮ごと食べても違和感がない。
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友人宅で山ほど採れた無花果 |