2017年11月22日水曜日

イスタンブルから〜ロカンタ(食堂)とメイハネ(居酒屋)で食べる〜


ロカンタ
メイハネ








ブログを書くにあたり参考資料を読んでいると、現在のイスタンブルでの食の変化について書かれている興味深い記事がありました。
「…特に1980年代より現れ始めた現象がある。以前は、ロカンタ(lokanta:食堂)、メイハネ(meyhane:お酒の飲める店)、そして、カフヴェハネ(kahvehane:喫茶店)は、それぞれ別々の種類の店だったものだが、今日ではヨーロッパスタイルのカフェバー・レストランという名前のもとで、この3つの種類の店が1つにまとまっている。紅茶やコーヒーが飲める場所で、アルコールもオーダーできる。食べたければ、デザート類もほしいものがメニューから選べる。…」(Artun ÜNSAL 'İstanbul'un Lezzet Tarihi

この記事を読み、今日、イスタンブルの街のどこにでもあるカフェバー・レストランは、以前はそれぞれ違うタイプの店だったのだと、妙に納得してしまいました。

そこで今回のブログでは、カフェバー・レストランではなく、昔からあるトルコの食堂であるロカンタと、お酒の飲めるメイハネについてご紹介したいと思います。

ロカンタ(食堂)で食べる


ロカンタは、日土辞書には、食堂や料理店として訳されていますが、もともとは「旅館」を意味するイタリア語のlocantaが語源になっています。私がイスタンブルで暮らしていた時には、本当によくお世話になりました。

ロカンタのショーケース
スープから、サラダ、メイン、デザートまで、いろんな料理がおばんざいのように並べられています。それらの美味しそうな料理をあれこれと眺めながら、好きなものを選びます。素朴な家庭料理から、作るのがなかなか面倒な手の込んだ料理まで何でも揃っています。 たくさんの種類を食べたければ、それぞれ半人前という注文の仕方もできます。自分の好みで特別にひよこ豆をピラフの上にかけてほしいなと思うようなとき、それも、少しだけとか、たっぷりとか、さらにスプープもかけてほしいとか、本当に細かい注文も聞いてもらえます。

お盆を持ち並んで注文する
ロカンタは、基本的にセルフサービスで、自分でお盆を持って並ぶので、混雑するお昼どきなどは、後ろの人を待たせないために、早く選ばなければなりません。そんなときは、食べたいものがたくさんありすぎて、今日はどれにしようかと、なかなか決められず焦ります。
写真下の赤い部分は全部メニュー
料理の値段が高めのロカンタもありますが、一般的には安くて美味しく、学生や働いている人たちの頼もしい味方です。毎日通っても食べ飽きることがないほど、多種多様なメニューが揃っています。

選ぶのに悩みます
並んでいる料理の多くは、トルコ語でスルイエメック(sulu yemek)と呼ばれる汁物の煮込み料理です。トルコの友人と外国旅行に出かけたとき、食事にソテーやグリルばかりが続くと、きまって彼(女)らは、このスルイエメックが食べたいと言い出します。トルコの人たちは、好んでパンを汁物に浸して食べる習慣があるからでしょうか…。
私が選んだのは、サラダ、ほうれん草の巣ごもり卵、アンカラタヴァー(ピラフのように見えますが、お米ではなくパスタとお肉を炊いたも)
塩胡椒だけでなく、唐辛子とタイムも机置かれています

このロカンタの料理ですが、実はイスタンブルにおいて19世紀中葉から20世紀初頭にかけて大きな変化を遂げました。「トルコスタイル」の料理に加えて、「ヨーロッパスタイル」の料理が登場するようになりました。このヨーロッパスタイルの料理は、宮廷に最初に持ち込まれたものが、イスタンブルに居住しているイスラム教徒ではない外国人やトルコ人の富裕層に徐々に受け入れらたものです。

ヨーロッパスタイルの料理(この場合、ヨーロッパスタイルとはもっぱらフランス料理を意味します)をおもに出すロカンタの登場しました。このような店には、ヨーロッパスタイルの料理法を身につけた料理人が雇われていました。これらの店のメニューには、ヨーロッパ式のコンソメ、ガランティーヌ、牛フィレ肉、ヴァニラムースなどの料理が並んでいましたが、それでもアーティチョークのオリーブオイル煮など、伝統的なイスタンブル・スタイルのトルコ料理もいくつかは残されていました。(Artun ÜNSAL 'İstanbul'un Lezzet Tarihi

ところが、このロカンタで出される料理は、時代がさらに進み、現代になると、ふたたびトルコ料理中心へと変わりました。トルコ・ナショナリズムの一つの現れといえば、言い過ぎでしょうか。でも、興味深く思います。
  ほかにも、オスマン帝国の衰退によって、宮廷料理を作っていた料理人たちの中で宮廷を解雇された者たちが一般市中に流れ、彼らが作る手の込んだトルコ料理がロカンタのメニューを豊かにし、市井の人々にトルコ料理を再評価させたことも関係しているかも知れません。その証拠に、今日、ロカンタで広くみられる料理には「皇帝のお気に入り」という名前の料理もありますから。

メイハネ(居酒屋)で食べる


さて、次はメイハネをご紹介したいと思います。土日辞書には「酒場、バー」と記載されています。酒場やバーというとお酒がメインのように思えますが、メイハネの特徴は、たくさんの前菜と一緒にお酒を飲むことができるところにあります。もちろん前菜ではないメインの料理もありますが、前菜の種類の多 さには目をみはるものがあります。

イスタンブルのヨーロッパサイドにあるタクシムという繁華街には、じつに多くのメ イハネが並んでいます。オスマン時代にも、ギリシャ人、ユダヤ人、アルメニア人などのイスラム教徒でない人たちが住んでいる地域には、たくさんメイハネが ありました。彼らにとって、メイハネはワインを飲む場所だったのでしょう。

しかし、昔のメイハネはもっぱら男性のたまり場だったので、トイレも男性用しかなかったそうです。(Murat BELGE "Yemek Kültür~tarih boyunca")

トルコ人の友人たちは、よく「メイハネにはラクを飲みに行く」と言います。(ラクについては、こちらをご覧ください。http://torukomeshi.blogspot.jp/2017/04/blog-post_17.html)  私は、このアニスの香りのラクがどうも苦手なので、メイハネでは、いつもワインを飲みます。メイハネでは、ラクやワインを飲むのですが、ビールはといえば、カフェバーで飲むことが一般的です。面白い棲み分けがあるのです。

お酒と一緒にいただく前菜は、今日は、たっぷり中皿一杯の分量が運ばれてくるのですが、かつてはずっと少ない量だったようです。その上、注文した料理が、お客が食べ終わるのを見計らって、順にテーブルに運ばれてきました。話に花を咲かせながら、ゆっくりとラクを楽しんだのです。

メイハネでは、じつにたくさんの種類の前菜を楽しむことができます。これらの前菜には、冷たいものと温かいものがあります。注文の仕方は、まず、冷たい前菜を注文し、つぎに温かい前菜へと移ります。前菜だけでお腹がいっぱいになり、メインにたどり着けないこともよくあります。そのうえ、パンは食べ放題ですから…。

今回のイスタンブル滞在では、アジアサイドのカドキョイにあるメイハネに行きました。以下は、そのときに注文した料理です。


メイハネのショーケース
まず、ショーケースに並んでいる28種類の冷菜から、levrek marine(スズキのマリネ)、patlıcan salatası(茄子のサラダ)、fava(空豆のビューレ)、deniz börülcesi(アッケンソウという塩生植物のオリーブオイル炒め)を注文しました。(写真下が注文した冷製です。ただ、右端にあるドライトマトの前菜の名前は、書き忘れてしまいました。)
選んだ前菜5種類

温かい前菜
その後に、温かい前菜のpaçanga böreği(中にトルコの生ハムとチーズを巻いて揚げたもの)も追加しました。(写真上)

メイン料理には、魚も肉もありますが、私たちはイワシのソテー(写真上)を選びました。トルコでは小振りのイワシが一般的なので、このメイハネでは、開いたイワシを2匹合わせて焼いていました。魚料理には、たいがい新鮮なルッコラーと生のタマネギが添えられます。ルッコラーの苦さと生タマネギの辛さが、イワシの脂にマッチしてとても美味しいです。

昔は男たちの場所だったメイハネも、今では女性同士のグループがたくさん見受けられるようになりました。それでもまだ、一生アルコールを口にしたことがないという男女たちはトルコに大勢います。お神酒と称してお酒を神聖化する日本人や、イエスの血としてワインを尊ぶキリスト教徒たちとは、お酒に対する考え方がずいぶん違います。

とはいえ、仲間と一緒に美味しい前菜をつまみながらワイワイとお酒を飲むことは、私にとって大切な時間なのです。だから、イスラム教徒が95パーセントもいるトルコが、世俗主義の国是を守って、お酒が飲める国であることは、私にはとても嬉しいことです。これがいつまでも続くことを祈ります。